どうぞ特別なひとときを 第四話

「お、お待たせしました……。先輩?」

席へと戻る後輩の、相変わらずのへらりとした笑顔を驚きの表情に変えさせたのは、頬いっぱいにパンを詰め込んだ私の姿だった。
勢いが欲しくて齧り付いたパンは、ふんわりと柔らかく焼き立てのような香ばしさ。思いのほか、大きな口を開けすぎて後輩が戻るまでに飲み込めずにいた。ちょっと待って、とジェスチャーで伝え、急いでグラスワインで喉奥へ流し込む。そんな私の様子に対し、どうにも反応に困っているような複雑な顔で見つめる彼をまっすぐに見つめ返してみる。それから、やっぱりちょっとだけ目線を外して、膝の上に置いた両手を握りしめた。

「あのね!真面目な話するから、私」

そんなつもりは無かったのに、怒ったような声が出た。声帯までが不器用なのかと、心底呆れそうになってしまうのをグッとこらえて続く言葉を絞り出す。

「私、強がりなの。あと不器用。すっごく、もうね、昔から!変われないの、変われないって思っちゃってんの、それが私だからって。嬉しかったんだよ、誘ってもらってさ。浮かれちゃったの。買ったのに着れてなかったワンピース着て来ちゃおうかな、って鏡の前で合わせたりしたの。でも浮かれてんのかな私、勘違いしちゃってんのかな恥ずかしいなって、結局いつも通りを選んじゃったのね」

喋り始めると要点を得ない言葉ばかりが飛び出してくる。壁にかかった古時計の、ゆっくり、それでも確実に進む長針に、言ってしまえと励まされたのに。
逸らした目線をもう一度上げる。二人の間には、もう湯気すら無い。大きく息を吸い込んで、吐き出す動作に紛れさせるように、なんとか伝えてみせた。

「勘違いかも、しれないんだけど。好きなのかも……って、思ってるの」

言えた。だから何だ、って言葉が。言っちゃった。そこからの数秒間、物凄く長く感じた数秒間の後、ふっと息を吐く彼の声。

「ふはっ!……先輩、おもしろい」

ごめんなさい、と前置いて、耐えきれないと言わんばかりにくつくつ肩を震わせている。てっきり申し訳なさそうなごめんなさいとか、気まずそうなありがとうとか、想定していたそういったものから外れたこの反応に、私はどう対応すればいいのかわからずに、おもしろいと言われた言葉だけが頭に響いて、あ、やっちゃったわと妙に冷静に理解した。

「お楽しみいただけたならよかった」
「あー違う!ごめんなさいそうじゃなくて!」

凍り付いたように感じた空気の中、さっさと食事を終わらせてしまおうとフォークを握る手を彼の手が掴んだ。

「すみません、そうじゃなくて。初めて見る先輩の顔だったから。かわいいなぁ、って……」

いつになく真剣に伝える声は、握られた手を凝視する私の様子に急激に崩れた。ごめんなさいとすみませんが入り交じり、二人してなんだかあたふたとしている。
仕切り直しとばかりに同じタイミングで座った姿勢を正すと、顔を見合わせて笑いあった。

「先輩、ゆっくり食べましょうよ。いつもと一緒にしたくなくって、選んだお店なんスから」

どうぞ特別なひとときを

【フリーマガジンmug vol.4 掲載】

               
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