どうぞ特別なひとときを 第三話

著:カゲあかね

 

おいしいおいしいと言葉にしながらスープを飲み干す後輩に微笑み返し、次の皿が来る頃にはもう何の会話をすればいいのかわからなくなっていた。
いつも通り。それを心掛けて進める食事は、やっぱりいつも通りの味気無さで。せっかく選んでもらったこのお店も、お皿から漂うハーブと鶏肉の焼けたにおいも、去り際に私たちを見守るような視線を向ける店員の気遣いも、どれもを無駄にしてしまっているような申し訳なさに包まれている。

「たまーにこういう、ちゃんとした食事するとなんかそれだけで普段の適当さが帳消しになる気しません?」
「しないわよ……あんた普段どういう食事してんの」
「いやー先輩に言ったら叱られそうなやつですね……」
「自覚あるなら正しなさいよ」

ですよねぇ、と悪びれもせず、ただ楽しそうに笑う後輩。嫌味な返し方しかできない私を誘った事、後悔していてもおかしくはないのに。気付けばプレートの上で細切れになっている、小さなポテトを口に運んで、飲み込んでから呟いた。

「なんか……ごめんね。こういう、素敵な店はさ……彼女とか、気になる人と来なよ。私なんか連れてきちゃ、ダメだよ」

カトラリーと皿が擦れる、硬い音に声を紛れさせる。それでも静かな店内、向かい合った席では確かに耳に届いたようで、驚いたような表情をした後、ちょっと怒ったように眉が寄る。

「……せんぱ、」

電話が鳴る。最悪のタイミングだけど、もしかしたら助けられたのかもしれない。無言のまま、電話には出ずに私の言葉に応えようとする後輩に電話に出るように促して、それから少しだけ間を置いてすみませんと言い残した彼は電話を手に店の外へと向かっていった。
扉が閉じていく重い音に釣られるように、テーブルに両肘をついて項垂れた。何度も吐きそうになるため息はなんとかグッと飲み込んだけれど、一人になると余計に自分の態度の悪さが浮き彫りになる。ちょっとだけ仲がいい、たぶんそれだけで誘った食事なんだろう。それでも期待をしてしまった私は、自覚はしたくはなかったけれどほんの少しは好きなのだ。頼りない後輩だけれど、屈託なく笑うあの顔が。
食事が終われば、いつも通りの私たちに戻るんだろう。何かが始まりそうな予感に心を躍らせてしまう気持ちも、誰かを大切に思いたい気持ちも、もっとこの人を知りたいと思うような気持ちも全部なかったことにできてしまう。そんな私に、戻ってしまうんだ。

「いやだなぁ……」

心の底から絞り出されたような声音に、自分でも笑ってしまう。本音を隠すのがうまいだなんて、ただの私の思い込みなのかもしれない。
見上げた店内に佇む古びた時計は、古い風貌をしている割にはキチンと時を刻んでいた。

どうぞ特別なひとときを

 

【フリーマガジンmug vol.3 掲載】

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