どうぞ特別なひとときを 第一話

著:カゲあかね 絵:津島

観光地、と呼ばれるこの地に住み始めてもう五年。客として迎えられるような照れくささは今ではすっかり消え去って、観光客相手の呼び込みに地元なんです、と笑顔で応じることにも慣れた。人の気配の少ない出身地に居た頃は経験しなかった、毎日見慣れない人々が行き交う様子もいつの間にか日常の風景になっている。
長い髪をくるりと巻いても、ヘアカラーをチョコレート色からミルクティ色に変えても、初めてピアスを開けた時のような高揚感は得られないこの数年。新しいことに出会いたくても、なんだか初めましてよりお久しぶりの方が増えてきた年頃だ。

「ババくさいっすよ先輩。もっとアンテナ伸ばして伸ばして。ボクね、素敵なお店を見つけたんですよ」

この、大学生ノリをいつまでも引きずっている入社二年目の後輩が持ち込む情報は、いつも真新しいものばかりだ。やたらと新商品に詳しい彼の事だから、きっと新しく立ったお店に違いないと興味なさげに続きを促してみれば、もうずっと前からある隠れ家のような飲食店だという。

「珍しいね、あんたが古いお店を褒めるなんて」
「そういう渋さもそろそろ必要かと思って」
「自分で言っちゃう内はまだまだね」

そんな会話を交わす間に、いつの間にやら週末、晩御飯をその店で共にすることになっていた。まぁ、後輩だし。男らしさよりも幼稚さの方が目立つような野郎だし。きっと私の事を女と認識してすらいないだろうから、気合を入れた服もメイクも手を伸ばしそうにはなったけれど止めた。とはいえ、口紅だけは赤くした。

*****

「こんなとこにお店なんてあったんだ……」

そう呟く私に得意げな顔を向ける後輩が癪に障る。大通りから離れた小道の奥、蔦の絡む重たげな扉の先には薄暗く一目で見渡せる程度の店内。どしんと大きな木製の長机が店の中央を牛耳っている。食卓と言えばそれだけで、机に向かい付けられた椅子は二十足らず。一つ一つが異なる装飾で、まるで森の中のようにしんと静かな雰囲気の空間に賑やかさを添えていた。

「いらっしゃいませ」

声をかけたのは、腰に巻いたエプロンを手で伸ばしながらくるりと丸い目を少しばかり細めて笑う小柄な女性。天井からぶら下がる唯一の明かりがぼんやりと彼女の全身を映し出している。流行りのスタイリッシュさも洗練された空気もない、ただ独特の世界観を持つ内装に、わぁと小さな声を上げるしかできない私は何よりもこういった店を後輩が好むという事に驚いていた。実を言うと私好みではあるのだけれど、こんな店があった事も、後輩がここを素敵な店と形容する感性を持つ事も知らなかったのだ。

さっさと席を選び腰かけた後輩に反し、なかなか客席へ進もうとしない私に焦れたのか、先ほどの女性がもう一度私を言葉で出迎えながら後輩の向かい側に位置する椅子をギシリと音を立てて引いた。

「ようこそ、物語がはじまるお店へ」

 

 

【mug 2017年4月発行号掲載】

               
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