どうぞ特別なひとときを 第二話

著:カゲあかね 絵:津島

 

上からの明かりに照らされクッキリと浮かび上がる木の質感を指先で楽しむフリをしながら、私は気を抜けば態度に表してしまいそうなソワソワとした気持ちを隠していた。
スプーン、ナイフ、フォークが並ぶ目前にはメニューの一枚も置かれていない。コース形式のお店なのだろうか、もっと大衆居酒屋なんかに連れていかれるであろう事を予想していたから、そのギャップに心がざわつく。
時間が合えば昼休憩に一緒に食事を取ることは時々あれど、こうして仕事終わりに食事をするのは初めてな上、コース料理の店だなんて。日常から切り離されたような空間と、なかなか会話が始まらない現状にどうしたものかとばかり考える。

「あのぉ」

あのね、と話しかけるその間際、先に声を発したのは後輩からだった。
なに、と無駄に不愛想な声で返事をしてしまったけれど、後輩は特に気にしていないような顔でフワフワとした髪を整えているのか乱しているのか、判断を付けにくい手付きで前髪を触っていた。

「いやーなんか、ソワソワしちゃいますね!こういう店って!」

普段と何ら変わりのない口調で言うものだから、身構えすぎていた自分を恥じてしまう。そうそう、コイツはこういうヤツ。動揺するだけ無駄、考えるだけ損。
はーあ、とこれ見よがしのため息を吐き出してやると思い切り怪訝な顔をされた。

「えっ先輩もしかして機嫌悪い?」
「そういうワケじゃないけど。来たことあるんでしょ、何でアンタがソワソワすんの」
「何でって、そりゃ……先輩と来るのは、初めてですし」

どことなくいつもより歯切れの悪いその様に、ドクンと心臓が跳ねたような気がした。

「失礼します」

コトリ。いつの間にそこに立っていたのか、背後から伸びた細く白い腕が差し出すお皿には、雲のような白い泡、その上に乗っかるように添えられた葉、オレンジ色の液体はふわり立ち上がる湯気からあたたかいスープなのだと見て取れた。

「あっ、これ!友達がうまいって言ってました!」
「ふふっ、光栄です。本日のコース、まずはスープからどうぞお召し上がりください」

そんな簡単な会話だけ交わして、二人分のスープをテーブルに残し足音すら立てずに去っていく。
店員の気配が完全に消えるまで私は頭の中で次にどんな言葉を発すればいいのかグルグルと考えていた。
私も何故か、ソワソワしてる。今日はどうしてここに誘ったの?ソワソワじゃなくて、もしかして、ドキドキしてるかもしれないんだけど。
そんなとこまで考えて、口から出たのはやっぱりいつも通りの私としての言葉だった。

「ソワソワする必要なんてないでしょ。ただのご飯じゃない」

なんて、言った瞬間から後悔してしまう。
どうしてこうも可愛げなく身構えてしまうんだろう。強く生きるため、大人の女性として社会で立ち向かうため、いつの間にかこの身に沁みついてしまった癖はちょっとやそっとじゃ取れてはくれない。
自分自身へのガッカリした気持ちを誤魔化すように、テーブル上のスプーンを手に取りスープを口にする。喉奥に流れていくスープは、母がよく作ってくれた人参スープの味がした。

【mug 2017年7月発行号掲載】

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